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nakagawa のブログ

未来を変える

朝の新聞やニュースで提供される「天気予報」を見て、傘を持っていくいか、いかないを決めることがあることがあると思います。例えば、今日雨が降る確率が100%なら傘を持っていくでしょう。もし、この天気予報に対して「雨」そのものを降る確率を0%にすることができたら、「天気予報」は当たったと評価されるのでしょうか? 2008年の北京オリンピックでは陸上競技場の天気を維持するために雨雲を蹴散らすロケットや陸上競技場に近づく雲を察知して別の場所で雨を降らす仕組みが用意されていたと聞いています。

この夏、電気の供給量不足と消費需要の予測から「電気予報」が行われるそうです。夏場の炎天下の冷房需要や工場稼働需要を予測し、その日の気温や天気を基に提供されるそうです。もし、この予報に対して家庭や工場の節電努力をすることで消費需要を抑えることができたら、「電気予報」は当たったと評価されるのでしょうか? 2011年東日本大震災直後の関東地方は、輪番停電や計画停電が告知されましたが、節電努力により回避されることも多かったです。

ドラマで医者がガン患者に「余命3ヶ月です」と告知するシーンがあります。これにより患者がひどく落ち込んだりその家族が動揺するシーンが描かれています。実際には判りませんが、落ち込む場合もあると思いますが、逆に割り切って残り人生を謳歌し、余命以上に長生きされる方もいるかと思います。つまり、ヒトはある予報や告知を受けると、そこから行動を起こし、未来の出来事を変えることができるのではないかと考えています。

映画「アジャストメント」は、通勤バスに乗り遅れるか、間に合うかで生じる異なった人生を主人公が自らの手で取り戻すストーリです。予測された未来が記載されている書物があり、それに従うように人生を過ごすか、主人公が自らの未来を作り出すかという選択を迫るシーンがあります。

インフォメーションハーベスティングのコンセプトの中に、塵のようなデータを採取し日常生活の記録を取り続けることで、いままで見えていなかった情報を見ることができるのではないかと考えています。そのひとつが「未来予測」で、ヒトの流れやモノの流れを記録しておき、事故や災害が発生した場合に、ヒトやモノの滞留や不足を予測できるようにしたいと考えています。

例えば、「事故のため私鉄が止まっているので、JRターミナル駅でホームに人が溢れる可能性がある」と予測できたとしましょう。その予測を手にした人が、私鉄をあきらめJRで移動を続ける、JRターミナル駅に向かう電車に乗らない、鉄道からバスに切り替えるなどを積重ねて回避できるかもしれません。この時に「未来予測」は「外れた」「狼少年だった」と呼ばれることになるのでしょうか?

映画「バック・ツー・ザ・フューチャ」は、自動車型のタイムマシンで過去や未来に訪れるストーリです。もし両親が結婚しなかったら、もし試合結果の記載されたスポーツ年鑑が手元にあったら、時間の矛盾(パラドックス)が生まれ、現在の生活に影響を及ぼすというシーンがあります。

今考えているインフォメーションハーベスティングが未来に対するパラドックスを含んでいるとすれば、どのように扱えばいいのだろうか? 「予測された未来」と「回避された未来」あるいは「ヒトが作り出した未来」はどういう関係なのだろうか? そもそも「未来」とはなんだろう?

nakagawa (2011-06-13 09:49) | コメント(0)| トラックバック(0)

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5秒で自己紹介するのがお約束なので、「私は、ユビキタスコンピューティングを研究しています。坂村先生が提唱されている組込み技術やucode技術に興味があります」 # やっとたどり着きました。個人のブログのタブから、一覧を選び、その中からウェブページを選ぶとプロフィールを変更できます。

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